FC2ブログ

Entries

伝統を支える 調和と対比

伝統を支える
調和と対比

虎屋さんの羊羹が、羊羹と言う素材を使って、まったく新しい変容を遂げて、パリから御里帰り。
但し、京菓子としては,きちんと技術を残してる。
もし海外受けするものの評判が良くなって、羊羹や、生菓子の質が落ちたら、それは、日本の伝統の中から消える。
和菓子を必要とする、茶の湯も、濃茶と 遠くなれば、自分らの伝統に基づいて作ってくれるところを奨励するだろう。
あくまでも、中を残しての冒険。それが伝統である。
例えば,古典が出来ない 古楽器奏者が、いくら稼いで、名をとっても、それはあだ花でる。
山本邦山のジャズは凄い。それは古典がきちんと入ってるからで、どれほどの修行があったことだろう。
ピカソの13歳のころの自画像など、親の訓練のたまものだ。
彼の抽象画はぬたくった赤ん坊の様な感情をぶつけたものでは無い。
醜い感情は,醜さしか残せない。

有る方に
「400年続いたお茶の秘密が知りたい」と問題を投げかけられて以降、ずっと考えてる。
それは、骨格を残し、魂を残して、時代に即して変容して残ってゆくと言う事だとおもったりします。
敢えて答えはだしたくない、、。

かつて、命も尊厳もむしり取られる様な時代に、
国家を統一する事業に、命も家族の、また一族の命もかけて戦った戦国大名が
茶室で、和を持って貴しとなすをした。

利休は、晩年に約100の茶会をなした。
そうか、、茶会記を読まねばと、古い資料を読み始めたら、、
「貴女、そんなもの読んで、ほかの人にいじめられるわよ、言わないでね」とかいいだす。
大学の教養課程でも、そのぐらいは話すだろう。普通は、読めなければ、馬鹿にされるだろう。
勉強の足らないおばちゃんたちがいろいろ言うけど、少し話すと全く、頓珍漢。
あ~~だこうだ、気持ちが悪くなるほどいかさま。
それは弟子が多いいからちゃんとしてるかと言うとそうではない。
ただのご都合主義で、まともな人はやめてゆく。
馬鹿ばかしい
講習会では、そう言う人に笑いを取るためか、何とか喜劇の詰まらない話の様な事も言いだす。
着物を着て4時間、交通手段、髪などの事の準備、半日の時間とエネルギーが、馬鹿話に消える。
そう言う宗匠の付いてると豪語する方は
「それは御家元が違ってるのよ。何とか宗匠はいい人で、、」
勉強した人とか、研鑚を積んでるとかない、いい人、、それは自分に都合のいい人なだけだ。
挙句は、何とか宗匠の事を好きで好きでたまらない親先生とかいいだす。色恋沙汰がお好きなゴシップ。
いたたまれないが、本当の話だ。
始めて道具を見に行ったお茶道具屋で、何とか宗匠は亡くなりましたな、
東京の奥さんのところのお子さんも育って、べらべら話し出す。
和敬清寂ではなかった。出来の悪い男のゴシップは聞きたくない。

もう、、うんざりで、仕方がないし、講習会に出た。

すると、きちんと説明をし、音一つしないところで、粛々と進み、集中し、気持ちがはれた。
講師の宗匠は、文字、、古文書が出来るようだった。
少なくとも花押の年代を読みほどいてる。
今日は嬉しいなと、リラックスできた。信頼の講義はいくつかあった、そう言うのはせめて月一回ぐらほしい。
2度ほど伺った、京都大出身の宗匠の話も、素晴らしかった。彼の茶お湯は面白そうだった。
女子供を、馬鹿にもしないし、威嚇もしないし、事実をそのまま講義して、素晴らしく面白かった。2,3泊して聞きたいぐらい。
彼の深い知性が、場にあって、ほとばしり、理解が低い時には理解が低いもののように語った。
先生である。
何万も払わせて、ろくに内容のないものを話す、人集め集金の先生もある。内容が無いからえばるが。透けて見える。
私は本を持ってる、、内容は?話すに値しない。
普通の社会人は、どれだけ学者の講義を聴いてきたか?比べようがない。
大勢のOLがいたと言う教室は、人もいない。教える人が先生に値しない器で、見透かされてる。
目の前で怒り出したひともみた、そうだろうな、隣の県からやってきて、
稽古も見ないで、書き物して足ぶらぶら、、御威光があるから主催者は言えない。
何をみききしても、もう、腐ってしまったんだ、、と、辞めようと思って出かけたのである。

費やした、歳月と、お金は、株でとりもどそう。餓鬼の群れにいたくはない。
ところが、、
この先生は、3つの事を話しました。
お茶を楽しむ事、道具取り合わせなどを楽しむ。見栄っ張りの見せたがりの道具でないことですね。
平静の茶の湯を模索する、その時に,元々の形を崩さないで行う。守破離の事ですね。
資料を読むこと時代をさかのぼれば、茶の湯の形は違う。

それをどう自分で判断するか。まさに大学の勉強とおなじ。
なんかほっとしました。
よくぞ言ってくれた、学びたいものの芽を摘むような、モンスター達に、。

そして、2月の末に家元が変わることを話されました。
猶有斎宗匠が家元になるのです。

自分は、先の即中斎宗匠にもつき、14代目の而妙斎宗匠にも使え、そして、新しい家元にも使えてゆく。
茶の湯は先生ではない、師匠なのだ。
もしかしたら自分の方が経験値があることもあるだろうが、、
家元制度は、家元があっての制度であり、若くても家元は師匠。

皆さんも、お年を召して、先生なしの方もおありでしょうが、若い先生についてみるのもいかがでしょうか?
そして、その方を師匠と思い、支えてゆくのもいかがでしょう?

考え方が違えば、軸にかかれる単語の順番も変わる、それは、対立する価値観。
つまり対比する価値観も無いようでは、研究でなく鵜呑みの茶の湯なのですね。
調和と対比。

彼は、一番大切な言葉を残しました。

もう少し、、やってみようかな、、あの宗匠たちにはつけないんだろうな、モンスターは何処でもいるし、
でもね、、お隣に座られた方は、落ち着いた方で、本当に楽しんでらした。
自由の翼を持って、お金もかけずに、仲間と、生活の中で負担にならずに、、いいなぁ。

良い話だった、新しい時代の為に、御家元は歩んでこられた。
ご苦労は感じることが出来る。
伝統が生き残る時、それは、100年のスタンスで考えてゆく。
家を守る続けると言う事はそう言う事だ。
夫々の立場を考えて、己を虚しうして、ひたすら励む。到達する境地は、

花ももみじもなかりけり、、、。
夫々の秋の夕暮れに身をひそめる。夕暮れは好きな時だ。
秋の夕暮れはまたひときわいい。
儚い命、存在を想いつつも、活かされてる幸せと、逢魔時に出会う過去からの存在がある。
それは未来からも感じる。

表千家は、あと100年はもつのだろう。
そして、それを支えて、その時々の花となり、鳥となり 風となり 月影となった
人々がいたことを、私はわすれまい。

それは、茶の湯の世界だけでない、伝統が、500年を超える事は、それは、人の存在の挑戦でもある。

追記
ただ、今回の東京総会には出ないつもりだ。
私の情熱はもう無いようだ。二度も免状の事で騙され、
歴史も入って無い人のおためごかしを聞かされ、まがいの茶道具を400年前のものだと差し出されて、、
下品を絵にかいたような場所に身をひそめたくない。

新しい時代は、それなりの人々が茶を語れるのだろうか?茶は、総合芸術と言うが、もっと高いものだろう。
含める範囲は広いが、手段であって、その目的は崇高であったはず。だから利休は死を賜った。
龍が吟じたら雲は湧くのだろうか?
歴史は非情だ、幾らどれほどもの精進で 神に捧げるような芸術が、芸能になり、地に落ち消えて、
後世 そう言う物があったねぇ。と埃をかぶる、

続くには、ある程度の必然性を伴う経済性と、至高の魂が必要だ、。そして所作や、目に見える財産でなく、至高の魂こそが、伝統である。


24日5.7km
にほんブログ村 その他日記ブログへ
出来ればご声援お願いいたします m(__ __)m





コメント

[C14015] こんにちは(^-^)

お茶の事、僕はさっぱりですが何だか・・・

本来の姿が失われてさもしい人たちの
見栄っ張りの手段になってしまったように感じました(+o+)

その道を追求したい人の行き場が失われているようで寂しいですね。

利休、今のお茶を見たらどう感じるのでしょうか。
もしかしてブチ切れるのかも(#`ω´)oゴルァ

いつか見直される日が来るといいけど・・・


今日は雨であまり歩けず2.5kmでした(^^ゞ
明日も雨かも~( ̄。 ̄;)

[C14016]

hippopon さん

こんばんは
茶道は、まったく経験なしの無知です、汗
茶は、いろんなことを知る機会だと聞いてます。
よく勉強されてるなぁと感心しました。
抹茶、美味しいですね。
  • 2016-05-25 18:51
  • しろ
  • URL
  • 編集

[C14017]

こんばんは。
お祝コメントありがとうございます o(〃^▽^〃)o
巣立った寂しさもありましたが
今はワクワクしてますね(*^^)v

[C14018]

茶道はまったく知らないので
本日の話は理解するのが難しいのですが、
この一文

>ただのご都合主義で、まともな人はやめてゆく。

には思わず納得。

どんな集団・組織でも、これは当てはまります。

[C14019] coconut punchさん

今日は買い物にも出ず、眠い眠いで暮らしました。
昨日は思い切ってガンダムカフェ、だったのに。

利休は甘rに乖離し過ぎて、予想はしていたようですが、がっくりでしょうね。
有名なお坊さんも本を書いて警鐘したのですが、

命がけで守った茶の湯の精神はすたれました。
今、流派は500もあって、立ち戻りたい人ばかりがうごめいてます。
伝統をどうつなげるか、、それは家元家の大きな課題です。
新しい家元は同志社で論文を書きました。
表千家の文庫の資料によってです。
自分もまた歴史になってゆく宿命の中で頑張って欲しいです。
  • 2016-05-25 20:55
  • hippopon
  • URL
  • 編集

[C14020] しろさん

おしゃってくださったことがすべてです。

お茶は美味しいのがいいのです。
喧噪も無く、美味しいのが一番です。
お弟子君が、友人をお呼びして茶を差し上げるのに立ち会いましたが、
凄くうれしかったです。
懐石は、作法を知らない人に強要せず、
美味しく召し上がっていただき、
特注した工夫のお菓子で濃茶と薄を、常の通りに、、
水の流れるように穏やか、、残るものは、温かい交流。

男同士の茶でした。
逢えば昔に戻り、されば、再びいつか、、の。
今でもお見送りした姿をはっきりと覚えてます。

美味しいお茶、、いいですねぇ。
  • 2016-05-25 21:01
  • hippopon
  • URL
  • 編集

[C14021] ひろりんさん

巣立って大人、、一人前ですもの、
大人が4名になるんですよね。
そして、家族も増える、おめでとうございます。
美味しいお茶も召し上がってください。
  • 2016-05-25 21:02
  • hippopon
  • URL
  • 編集

[C14022]

お茶の世界だけでないと思いますよ。
うんざりする総会や講座、お稽古ことは、
行きたくないですね。
  • 2016-05-25 21:06
  • ジュリアルーシュ
  • URL
  • 編集

[C14023] YUJIさん

ただのご都合主義で、まともな人はやめてゆく。
悪貨は良貨を駆逐する。

マキシム ド パリ、サロン御名残もあるグランメゾンには
アルベールと言うメートル ド テルがいて、
ダメな人はそれとなく排除してたようです。
京都のいちげんさん御断りにもありますね。

悪貨は幅を利かせます。どれほども下品に堕ちてゆきます。
悪貨の醜さは、自分を悪貨だと思わないで、公平だとか言う妙な論理を展開することです。
不躾な人は社会で葬られます、
気が付いたら仕事が来ない、融資しぶられる。
男は、7人の敵がいます。常に訓練されてます。
が、女は自分より弱い7人の敵をさがして、自分が一番と思いたい生き物で、なかなか大変です。

共感のための共通言語を争いに使います。
遠目にはあさましいだけの喧騒になりますが、
30年もすれば死に絶えます。

一時でも命が輝くような刻を持とうと言う精神が弱いです。
  • 2016-05-25 21:14
  • hippopon
  • URL
  • 編集

[C14024] ジュリアルーシュさん

お金と時間。そして大切な魂が穢れる。

輝くような、茶の時間は、準備してまつひとと、
時間を作って楽しみに訪問する人の交流の場所、
目的が茶では無く、生きてる魂の交流、

情けない事です。
  • 2016-05-25 21:25
  • hippopon
  • URL
  • 編集

[C14025] hippoponさん、こんばんは!

かつて 私のピアノの先生が、少し調子に乗っていた私に……
私の誕生日にメッセージカードをくださいました。
『本物 = 初心』と 美しい字で書いてくださっていました。

hippoponさん、私は お茶の世界のことは まるで無知なのですが…
今日のお話をお読みして…なぜか ふと、そんなことを思い出しました。

  • 2016-05-25 22:31
  • Tuesday
  • URL
  • 編集

[C14028] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

[C14029] Tuesdayさん

私ね、懐石は怖いの、ぶつぶつができて、熱も
身体もいたくなる。
一度お菓子にいたづらされたから、そいつは有名なできそこないで
いろいろ問題行動もあったようです。
犯罪ですね。平気でやる。エスカレートする。
お金だけ払って、男の人が、会場の料亭に支払いに行ってくれましたが、証人です。
勿論因果応報で、そう言う事ばかりしてたらいつかは、
自分が毒饅頭を幾つも食べさせられることでしょう。
知ってたおつきの人も同罪ですね。

そう言う世界です。
初心、、なんて甘いこと言ってたら、病気になります。
幕藩体制がくづれて、お茶はパトロンである大名家を失いました。
礼法の中にとり込まれて学校教育の助けを得て明治期からは生き延びました。
昭和期でも男子の身だしなみとして必要とされて、立派な殿方がなさいましたよ。が、、
今は、別の共通言語で、仕事ができますね。
お茶は知らなくても,宴席で恥はかかない。
ゴルフが出来ないとまずい時代もあったけど、饗応の文化すらない。
個々人が、ばらんばらんで、核家族。夫婦別居、遠距離婚もある。
私はそのような中で、お茶の意義はあると思ってきました。
簡単な事では無かったです。

無くなるならそれは魂が無くなることで
たった400年の歴史なくなればいいとおもいます。
それだけでしか無いものに価値はないです。
もっと長い営々とした暮らしを私はしってます。

しかし、続いてきたのです。
戦争未亡人の心の慰めんもなりました。
全入の時代でない時に学歴コンプレックス、
学びたい気持の女性に場所も提供しました。
繋がる工芸家の励みにもなりました。

しかし本来の茶は、もっと精神性の高いものです。
それは、多分教えてもらうのでなく、きりひらくのだとおもいます。
理解したら、受け継がせなくていい、、そのお弟子さんがまた、
冒険をするものだとおもいます。

余りにも幼い時のお茶は優雅で、そして今時のおちゃは、俗なのでした。
パトロンを持たなくても茶家は成り立つ。
そう私は思ったのですが、余りにも無残なものばかり見ました。







  • 2016-05-26 01:30
  • hippopon
  • URL
  • 編集

[C14032]

どの世界にも 同じ様な事がありますね
身の丈の話以上の事を言い出したり
賢い人に限って 自分を奢らないし
人格自体 人がみて 人が決める認めるものですよね
若い人でも 尊敬できる人の話は、素直に聞かなきゃいけないし、
私は、いつも そんな風に生きて行けたらとね(#^.^#)
hippoponさん ちょっと 話 ずれちゃったかな(笑) »
  • 2016-05-26 01:47
  • るん
  • URL
  • 編集

[C14034] るんさん

ありがとうございます。
新しい御家元を迎えて、新しい世界が拓けてゆく事でしょう。
私はそう信じたいと思います。
若宗匠時代、畳6歩のきまりを、5歩で歩かれて、正直失望しました。
私はお正月の冷えた畳の彼の足ばかり見てました。
歌舞伎も能も徹底的に足元はやることですもの。
身に付かないで座敷に立たされてる若い人がいました。
御家元も,宗匠がたもおおらかでした。
その時に、本来のお茶の流れは、人のミスをあげつらう事でなく、一座建立で茶の湯をする事と思いました。
厳しくて嫌な事ばかり言われる稽古があったから考えられませんでした。
それなのに、人前で、歩くことも出来ない若い家元候補、、
戻ってその話をすると、
同じことを家主は話しました。それが家元制度だ。
続くことが大事だ、

伝統を受け継ぐとはどれほどの事業か、向こう100年を思わずは続きません。
それが家元制度である。そして、安堵にもなりました。
支えるのは、古い人々もこれからの人々も
一丸とならねばなりません。
一座建立、それが、大事な事です。
  • 2016-05-26 02:06
  • hippopon
  • URL
  • 編集

[C14036] 14028さん

多分最初の選択を間違えて、、いれかえました。
これでいいのかなと、、ww
  • 2016-05-26 03:10
  • hippopon
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://hippopon.blog.fc2.com/tb.php/821-90e8a5cf
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

Appendix

プロフィール

hippopon

Author:hippopon
目指すは 居候の大先輩、山科言継卿。

最新記事

検索フォーム

QRコード

QR