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1945年9月29日 一枚の新聞写真

1945年9月29日 一枚の新聞写真
やすらけき世を祈りしもいまだならず  くやしくもあるかきざしみゆれど 昭和天皇

終戦後、一か月半。日本は、連合国に占領されました。
1945年(昭和20年)9月27日に昭和天皇はGHQ総司令官ダグラス・マッカーサーと初めて会見しました。
陛下が出向きました。
その折の写真を2日後に、GHQの方針で、29日に新聞掲載。
70年前のことです。

          マッカーサー 天皇  昭和天皇がGHQ総司令官ダグラス・マッカーサーをご訪問  

モーニング、シルクハットの正装でおでまし、直立不動の昭和天皇。
開襟シャツにネクタイもしない、腰に手を当ててるマッカーサー。
神ともあがめた天皇は、政治的な意図もあって、マッカーサーと並び立ち、天皇は神でないことも。
日本が負けたことも国民が思い知らされた写真です。
有名人の日記などにもこの写真の事は記述が多かったようで、悔しく思う国民の心情として残ってます。

『マッカーサー回想記』によれば、
昭和天皇と初めて面会した時、マッカーサーは天皇が保身を求めるとの予想をしていたが、
天皇は、
「私は国民が戦争遂行にあたって、政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、
私自身をあなたの代表する諸国の採決にゆだねるため、あなたをお訪ねした」
と仰ったそうです。

有名な写真ですからお調べになれば、いろいろ感慨もあると思いますv。
私は、この一か月前の国民に対する終戦の詔書をもう一度読みました。
戦争は侵略戦争であったか。自衛であったか?も含めて、感情に囚われず、もう一度静かに考えるのも
秋の夜長にいいかなと思いました。

そして、陛下の辞世と言われているものがあります。
最後に読まれた和歌になります。

やすらけき世を祈りしもいまだならず  くやしくもあるかきざしみゆれど       (昭和六十三年八月十五日)
最後の終戦記念日の式典の歌です・
くやしくもあるか、、

この写真の日々から、ヘリコプターで、病気を押して、ご出席の最後の式典、その後ご療養 崩御。
滾る様な、お言葉がありました。
未だならず、、突き刺さるような、言葉ですね。

ポーズだけの戦争反対で、暴力を使う人は本末転倒。
この様に、暴力で圧力で物事を解決できると言う行動思考の横暴な人は、家族にも横柄で、隣人にも不躾な、蛮族。
順法意識なくやるものはチンピラであり、似非国士。
違法行為は法を持って罰すべし。
戦争、暴力反対と言って、自分だけが、暴走暴力不誠実な行為が出来るとは、あまりにも幼稚な論理。
難しい事は分からないけれどもとと仰る方は、難しいことを考えてください。

どうか、、机上の空論でなく、やすらけき時間をお持ちください。
まず、親子、夫婦、家族、不満や喧嘩をする様な人は、戦争について物をいえるだろうか?
友に、無作法を働くものが、社会の事をいえるだろうか?
不満や、罵りをいうものが言う平和はまやかしになる。

心を練って、安らかな事、安らかな状態を持ってください。私もまた、努力したいと思います。
沸騰するような語りつくせない問題が国にあるなら、だからこそ、慎重に、
子供たちに、大人の見事さを見せましょう。


この会見後、マッカーサーは、陛下を見送りしたそうです。
それは、やすらけき存在感、真摯なる話し合いであったからではないでしょうか?
この会見は、公式の書類などは残こさなかったようです。
やすらけき世を、月に願いたいと思いました。

今日は、外出があり、コメントは閉じます。コメントも申し上げません。申し訳ないです。ご訪問は朝が来てからにさせてうください。
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