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ちょびっと元号について 壱 百姓昭明 協和万邦

ちょびっと元号について 壱 
百姓昭明 協和万邦



新しい元号について 結局中国の文献の受け売りではないか?と言うご意見があったけど
東アジアにおける 中華の影響 それは王道の学び陽明学だけでなく 延々と 人々が生涯をかけて研究してきた思想。
日本の元号についての批判が 政府や宮中批判目的の 浅薄な意見でドン引きをした。
目の前の 傷つけだけの考え、机上の空論になってしまってる向きもあった。
西洋式の無制限な数字の羅列にしたいというが  それは日本歴史からしたら またアジア的な思考からしたら、
つい最近の事なものである。大流のなかの雫。
東洋史を 学びなおしたら 自分はそこに生きる砂ほどの存在だということも改めて感じられるだろう。

千年を超えて鑑み 百年の未来を思う。そのぐらいでないと。
国語も歴史を知らなすぎる。私とて いえたぎりではないけど 基礎教養が足りないでも かっこ悪すぎ。
せめて 中学校程度の、義務教育程度の知識を持ってほしい。それが大人の会話だ。かき回されたくない。
無知な乞食の酒盛噺の類はしたくない。




           堯 堯


隣国のプロパガンダの思うつぼを そのままに あまりに 知性とはかけ離れる。
それが今どきのレポートであったりする。
鬼の首取ったような教養のなさをいくらもみた。
少なくとも過去2つの元号の意味を知ってその話をしてほしいし
それを知ったら、少なくとも開国までさかのぼることだろうし、、勉強と思うが、、



昭和
IQ 217さんに 昭和の出典は?と言ったら すかさず
「「百姓昭明 協和万邦」でしょ。書経堯典」という。 
多分 お弟子君に聞いても同じ回答だったろう。
それは彼らにとっては当然の基礎教養なのだ。


詳しく話すと
伝説の名君 堯の話から(漢文でやりましたね)

九族既睦      九族既に睦みて
平章百姓      百姓を平(辨)章し、
百姓昭明      百姓昭明にして、
協和萬邦、     萬邦を協和し、
黎民於變時雍   黎民 於にしげりこれ雍ぐ。

大意は
人々が仲良くしそれぞれの分をわきまえて 徳を明らかに知れば 
世界の共存繁栄 ができ、国民は大いに栄えまた 和合する。


まさに 理想国家満州国を夢見たときのはっきりとしたコンセプト
五族協和の王道楽土は 呼応してる。


          満州国国旗  満州国国旗

         一般には五色は 五族の象徴と言うことを言われるがそれは違う。
         (黄 大和民族      紅 満州族   青 漢民族   白 朝鮮民族   黒 蒙古民族)
         これは五行思想によるものであり、古代中国の哲学。
         万物は火・水・木・金・土の5種類の元素から成り立ち、
         それらが  互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する
         国家万物を 理想的に治めてゆく 共存繁栄の思想を顕してる。




「王道」は、「覇道」に対峙する言葉である。
皇帝仁政のもと、万民が幸福に暮らす国家の理想。であって、
現実的になされた覇道、すなわち 武力行使ではない。
王道楽土は 亜細亜的な理想の治世を指す。

そしてその言葉はまたも利用されて 
多くの人々が戦後 船に乗り 半島を目指したのもまた事実だ。

昭和と言う元号、その時代を思う時に 一本の思想が貫かれて
また、戦後利用もされ、、また 深く眠ったように隠されつつも 
世界平和を願う国家などと言う言葉の中にそれを見ることができる。
明らかに歴史を調べたら ヨーロッパ各国の アジア アフリカへの覇道による 植民地化は明らかであり、
家畜とされた人々がいたことも事実、殺戮された民族があることも事実。


人々の徳を明らかにし あまねく世界を共存繁栄と言う理想が昭和の意味だ。
その言葉を受けて 祖先は戦争をした。
民族の開放を疑わず戦い、 戦後も世界共存の精神は失われず 各国とやってきた。




          散華

           門跡寺院の散華




不沈空母大和の轟沈に象徴される各国での祖先の、若い散華
その後生き アメリカの広大な荒野で 一軒づつセールスし機械を売った人々に象徴される同じ闘う日本人の魂
それは、時々の徳の明かさだろう。
実践し 国際社会の中で 共存繁栄してる。

私はそう思ってる。
動画で知った 陛下が歩けなくなっても 鎮魂の式典で まだやり遂げれなかったけれど、、と言うようなことをおっしゃって。
それが私の知る最後の言葉にもなって。
終戦の玉音放送を読んでみたり ずっと真意がどこにあるのか??を知りたかった。
その時はその重さは、まだ幻のようなむこうだった。

昭和を掲げ 昭和を背負って、ずっとずっと歩まれたのだな~とつくづく今思います。
そして、その時代の多くの人々も 同じように。
戦後 価値観の転換を押し付けられ、自分で選び取ってない思想に不信でありつつも 国を立て直したりだったことだろう。
そして己の生きた時代と 人生を対峙させたことだろう。
今 自らの思想を練れない孤独な愚者が 軟いプロパガンダに群がる。破廉恥だ。そしてグレードが あまりにも違う。
生き残り、また矛盾に苦しみ、誠実に生涯を歩み。 何があの時の正当な回答かと模索し生き、そして終焉を迎えた方も大勢。
日本民族の 昭和の時代、走り抜けて果たして 何が残ったのだろう?

百姓昭明 協和万邦 書経堯典

そうだ、、即座にそう出てくる人々がいる。導いた人々、育てた 家庭がある。
そういう日本。私は安心もし、心強くも思いました。
元号は その時代を生きる人々にとって 精神的な指針でもある。
そう生きてきた、そう治めてきた 祖先の知恵に私は敬服する。
有限の年号。その意味も重い。


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体温が上がらなくて頸椎にもよくないらしく
頭はふらふらぼ~としてしまって もっと早くにかきたかったけど
体を温めながら やっと書きました。
出来たら心にとめてください。

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