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あをによし 春日大社展雑感

春日大社展 雑感  
あおによし


「あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり. 」小野老(オユ)
意訳は 奈良の都は咲く花が美しく照り映えるように、今が盛りである
小野老は20年ぶりの昇進で大宰府に下ります。
その時に大宰府の役人たちとの宴で歌ったともいわれてます。
望郷の念で大宰府にいた人々は花の都のことを、いろいろ質問したかもしれませんね。

この歌は万葉集にある、青丹よしは、「なら」にかかる枕詞。
顔料になる青土が産出されたとのことです。
また青は寺院や講堂などの建物の、窓の緑。丹は建物の朱の柱。をさすともいいます。
その遺構をしのぶような社殿まで作られてました。
確かに、、京都とは違う色彩の中で、伸びやかさを感じ、ほっとします。
奈良は、平城京、日本の首都であり、帝都でした。
奈良の都だったわけです。


          春日大社展

          春日大社展 

          
その中に春日大社はありました。
平城京の守護と国民の繁栄の象徴。
社屋は、春日山原始林を背景に奈良公園内に広がってます。
春日宮曼荼羅を拝見して、あの地域が特別な意味があった場所だったことを今更感じました。
いまさら、感動をもって、神域全体が浄土なのだという事に気が付きました。
観光と信仰の違い。
いい展示だったと思います。残念な事にビデオは拝見できませんでした。

       
           春日宮曼荼羅  春日宮曼荼羅一部

修学旅行はどこでしたか?に、この頃は海外とおっしゃる方も多いけど。京都奈良は今でも人気。
奈良は、斑鳩法隆寺、東大寺のまったりとし人もぎすぎすしないのがほっとします。
昔見た春日山、春日大社より、ずいぶんに寂れているような気もするけど。
圧倒的な藤原氏のお墓など拝見すると、なかなか感慨深い。
春日大社は藤原氏の氏神を祭ってる神社。


          東京国立博物館

           東京国立博物館


その春日神社展が東京国立博物館で開かれてました。
最終日に間に合って、伺えました。
特に二つ、見たいものがあって、
1つは、春日大社のあの吊灯篭に光がともされてるのを拝見したかったのでした。
後は、国宝の緋縅の鎧兜が見たかったのでした。

竹虎雀飾り
国宝 赤糸威大鎧
金物が非常に華やかで 虎が嘯き、雀が舞う、見事なものです。雀は計96羽だそうです。
なかなかに精悍な雀なのです。
そして、実際に着つけたことを想像すると、当時の人は相当に華奢だったようです。
修復が出来て美しく存在感がありました。今も、この技術を伝えてる方々があります。

整形医師が歴史上の人物の身長の考察をしてるデーターでは
織田信長 170cm 
聖徳太子 180cm 
源義経  147cm 
源頼朝  155㎝

           虎竹雀飾り大鎧   国宝国宝 赤糸威大鎧 春日大社蔵

今頃は人形屋さんでは、初節句のお祝いにレプリカがたくさん出てることでしょう。
大鎧は、馬上で弓を射る騎射戦が主流であった平安 - 鎌倉時代がさかん。
徒歩戦になっていった、南北朝まで美しいものを見ます。



菊一文字
同じように、櫛引神社の国宝赤糸威鎧「菊一文字」を見たときの興奮は今でもよく覚えてます。
大袖と兜に菊一文字の飾金物があり鎌倉後期から南北朝 また東北は戦場にもなってました。
祖先を思う時胸が熱くなりました。


          国宝 赤糸威鎧 菊一文字    国宝 赤糸威鎧 菊一文字 櫛引神社 八戸

鎧兜は上級武士が身につけました。
戦いは、死出の旅でもあったわけです。
斬りあいの刹那をかいくぐります
親か、祖父が、母が、、命があってくれることを願って、武具は、最良のものを身につけさせました。
華やかな中世鎧兜の時代には、名を惜しみ、名誉を惜しんだ価値観が残ります。
家族一族を守るために土地を守りました。

維新、戦後農地解放でそのえいえいたる命を的にした努力は、かすめ取られました、
それでも、反乱もなく、日本は高度成長期を迎えます。
大変な時代を乗り越えてそれぞれの立場で懸命に生き抜き、社会は繁栄しました。
会社でも社会でも、共存共栄の精神はありました。多分それが戦後の昭和だったのでしょう。
努力し夢を持ったら報われたのです



          鹿春日大社 灯篭   
          吊灯篭 鹿 
          武甕槌命は藤原氏守護神、常陸国鹿島の神で、鹿に乗って春日に降りたとされます。

今、努力し夢を持っても報われない、、そのことで失望し自暴自棄の世代があります。
政府の努力は胸を張れるでしょうか??
又非難ばかりしてる人の人生は、努力を惜しみなくしたのでしょうか?
利己的な権利意識でなく社会性をもって行動したでしょうか?
日本には評論家の数が多すぎると思います。
TVに出た評論家は政治家となって行動した時にできたろうか?
選んだのは私たちです。


     金地螺鈿毛抜形太刀

            国宝 金地螺鈿毛抜形太刀 春日大社
            ほとんどが金無垢の宝剣

中世の武人の家の男の子は12才ぐらいは早ければ元服、大人になります。
もちろん戦であれば、殺し合いに連れていかれました。
命をやり取りするからこそ 命を尊ぶ 哲学もあった。
責任があり、行動があり、他人の命や財産に危害を与えないように、厳しく行動があった。
躾けられてない物の行動は個人でなく おわねばならなかった。
家庭は暖かくも厳しく躾けた。
果たして、現在の人々は、彼らの何分の一できたろうか?

蘇った大鎧。奉納鎧のきらびやかさの向こうに戦いで勝ち得なければならなかった祖先を思います。
感慨は深いです。
社殿もお手入れされたようです。
この前伺ったのは6年前で詫びれたかんじでしたが、また雰囲気が違うかもしれません。
春日大社展を拝見して、また行きたいなと言う気分になりました。

知りたいことは住まないと見つけられないのかもしれないけれど。
ゆったりとしてまた刺激的でもありました。

 
           信長初陣 信長 初陣14歳  江戸時代の作品

        
指導要領+は親が、、
しかし、若い人はいなくて、ご老人ばかりでした。
話してることは、噂話、家族の話、病気の話、年金などお金のこと。折角なのに、、。
まだ、出かけてきて文化的な刺激をと思う人はいいのだろうか?
80歳近い女性が、、
「近頃の美術展や、博物展は自分も年寄りかもしれないけど、
どうしてこんなに年寄りばかりなの??とおもうの。」とおっしゃった。
「その割に休むところも少なくて、立ちぱなしで、疲れる。」とも。

美術の時間や、書道の時間も少ないようでは美しい巻物は読めない。異空間になってしまうのだろうか?
歴史ドラマも、余りにも考証がずさんで 見たくないほどだ。
歴女もいると言うのに、、一寸ため息がでた。
祖先を思う、、歴史を思うは 未来をどう構築するか?の勉強。
どうぞお子様とご一緒にいかがでしょう?

まるで日本文化を崩すような 見せないようにしてる教育要項。
学校に期待できないなら、大事な子供は家族で育てる、守る。大昔からそうだった。
親は、見たこともない、他人になんかに預けないで、丁寧に、教えたものだった。


        春日大社 吊灯篭 

         吊灯篭 春日大社 撮影可能でした。

それにしても、うっとりとするような吊灯篭の輝きでした。
森深く、鹿が鳴き、神が宿る神域の幻想 全く電灯のない頃は、月明りで、より美しく煌めいたことでしょう。
そして夜は、語らいの夜、父が、祖父が人の何たるかを語ってくれたことでしょう。
TVを切って、灯一つつけて、団らんを、と余計なこと思ってしまいました。

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           後三年合戦絵詞_


           後三年合戦絵詞

コメント

[C20560] 吊灯篭の光

甲冑、迫力がありますね。
ホントにお恥ずかしい話ですが、平安時代と聞いてイメージするのは貴族の衣装なので、こういうのがあったことに驚きました。

12歳と言えば、まだ小学校を卒業したばかり。
今なら子供ですよね。
厳しい世の中で生き抜くためには、
早く大人になる必要があったのかなと...
そのために親も努力を惜しまなかったんでしょうね...
今日は独り反省会デス。
  • 2017-03-31 05:29
  • pil
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[C20561] pil さん

小学受験の時母親はそう思って教えるようよ。
麻布に入れたら、お父さんがダイヤを買ってお母さまを慰労するぐらい激しいらしいわよ。

平安時代の終わりに源平合戦があって、鎌倉時代に移行して。
後三年の役でも追記のような感じ。

春日大社の奉納大鎧は義経が平家追討の時に奉納した説があったけど、
実は13世紀だったかなのよ。
  • 2017-03-31 07:18
  • hippopon
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[C20562] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

[C20563] 20562さん

関西の地震の時に
水を順番に配給してもらうために辛抱強く待ってる人々のこめんとに、
ある国の人が、自国なら必ず争いがおこる
日本人はすごいと言いました。

それを聞いてその国はそんなこともできないのかとおもいました。
それは差別かな??

私は礼儀知らずは嫌いです。
お構いなしにはいってきて、噛みつく。
たまにやってきて、夜郎自大に他人の場所で嘯く。
そこには女性蔑視がある。
料理の話なのに、排せつの話を延々やる。
共感のためでなくて、自己顕示だけのわがまま。
私は嫌悪します。
何故?そうなるのか?
それは出自でなくて、育ちだとおもいます、、

心の病気の人もいます、大変なことなのに。
他人の為に病気が良くなる記事とをあげてらしたりします。
どうか、楽になられますように、とおもいます。

芸術家でありたい人が、いくらたくさん作ってもうまくない時
私はあえて、きびしいことをします。見込みがあるからです。
ただ、気が付いてないことが多すぎる、
それは他人がいう事でなくて、自分に厳しく問う事です。
情熱が技量を持ち上げてその先を見るためです。


やさしい人、日々の細やかな人、家族を愛するひと、
そういう人の作物は食べてみたいです。
ほっぽりぱなしで 訪問しても知らん顔、挙句に荒らすようなひと、
そういう荒い人のものは危なくて 人にも食べさせられません。

それは不公平かしら?

怠け者なのに ひけらかせたくて、自己顕示するひともきらいです。
義親の面倒は誰でも大変。それを、くそみそにいう人も嫌いです。胸がいたむ。
嫌なことをし続けてるひともいます。
明らかに嫌がらせ。
それを嫌悪するのは当たりまえだとおもいます。

許したら、エスカレートするのです。
反省して、誤る人なんかいませんでしたよ。やりっぱなし。
毎日丁寧にいって、ごくろうさんといわれることもありました。
私は選んで付き合いたいと思う様になりました。

軽蔑し嫌悪する、普通の人間の感情ではないかしら?

幼稚園がひどいなら親は園批判の前に子供を保護し、
かえることはできるとおもいます。
子供が先決です。当事者の判断です。

3年ブログして、私はなんでも受け入れることはしたくないとおもいます。
そういう人は私のここでの友人をもまた傷つけるから嫌いです。

人生に無駄はしたくない。
時間も魂も無駄に翻弄されます。
人のご都合で、振り回されたくない。
やさしくないと?
それでは、攻撃的なことを最初にしたのはどちらか??と私はいいます。
経緯も話せます。

それを許すのがやさしいことだと思わなくなりました。
実生活でも共感できる人とこれからも、お付き合いさせていただければ、
生活の力や、思いやりの温かさを感じさせていただけたらいいと思います。

花の咲き出でるのを見せていただいたり、大空の雄大をみせていただけたり。
ご苦労をして、今、懸命に生活してることも。
仕事ではないし、いつでもやめられる、、見て見ぬふりしてもぐっときずつく
相手はそれを面白がるような人だったら??
ちょっとつかれてします。
ましてや、褒め殺しで商売も嫌悪です。

長い時間のなかで、誰がものをしっかり考えてるか?
誰が実力者でありながらおおらかか?
優しみ、、それには、幸福をいのるだけしかないけど。

その後の話は、また考えてお話します。
友達は数はいりません。
言葉は行きかわなくても息遣いが今、私を癒してくれてます。

すべてをなくすような目にあったことがない人にとっては
そこから立ち上がることは頭の中だけ。
やった人は、そのころ合いをしってる。

ひどいことした人、許せますか??
私には許せと?

犬だって、猫だってうんと好きな子はいます。
全部が好きなわけではありません。

触れ合わないからの優しみの勉強をしてますが、
打ち返さないとのさばる人もいます。

後に口論になるような危惧があるときはただ知らん顔ではなくて
お話します。
納得していただかないと、どうしましょ。です。
気骨があると思うからです。m(__)mです。

世間知らずですが、人の醜さも優しみも
もうすこし勉強させていただこうとおもってます。

答えになってないかもしれないし、友達やめるといわれるかもしれないけど、、・





 
  • 2017-03-31 15:03
  • hippopon
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[C20564] こんにちは(^-^)

修学旅行、中学の時は京都、奈良、神戸でした。
奈良では東大寺には行ったけど、春日大社はコースに入ってませんでした(´・ω・`)
大鎧と宝剣も見てみたかったなぁ・・・

それにしても身長・・・聖徳太子( ゚Д゚)デカッ!
昔の人って背が低いイメージだったのに・・・( ゚Д゚)デカッ!!
信長にはちょっと勝ったけど(笑)

こういう展示、社会科の授業の一環として見に行けばいいのに(´・ω・`)
興味を持つ子もいると思うけどなぁ。

[C20565] coconutpunchさん 

源為朝は七尺、210cm
武蔵坊弁慶‥身長195cm 体重120kg と伝承。
それで義経は鎧などからも推定されたようです。

修学旅行沖縄も多かったですけど
京都奈良見るべきところがいっぱいで面白かったです。
春日大社、森が神域という事をすっかりのみこめてなくて、
次の時は散策します。
今直しもできて大鎧は、もう一領も修復中です。
見ごたえがある展示になりそうですよ。

五月人形購入のおりにもゆかりの鎧の所縁が大事ですものね。
  • 2017-03-31 18:50
  • hippopon
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[C20566]

夜に見る灯篭も幻想的でいいかもしれませんよ。
  • 2017-03-31 21:47
  • ジュリアルーシュ
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[C20567] ジュリアルーシュ さん

次は、また奈良で、
お祭りのとき、お能の時に伺いたいと楽しみにしてます。
お陰様で素敵なホテルも覚えましたよ♪
  • 2017-03-31 21:51
  • hippopon
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[C20568]

中学の修学旅行で京都、奈良に行きましたよ。
今はどうかわかりませんが、東京の中学校では
自分が中学生の頃の修学旅行の行き先といえば、
京都、奈良が定番です。
ただ、もう何にも憶えていません。
ちょっと勿体ないことをしています。

でも、大人になっても
>話してることは、噂話、家族の話、病気の話、年金などお金のこと。折角なのに、、。
>まだ、出かけてきて文化的な刺激をと思う人はいいのだろうか?

というぐらいですから、向き合えない人は何歳になっても
向き合えないのかもしれませんね。
ちなみに私は、この手の展示には滅多に観に行かないのですが、
行ったら静かに鑑賞し、刺激を噛みしめるようにしています。

[C20569] YUJIさん

「向き合えないのかもしれませんね。 」

そうなんでしょうね。
何事もちゃらとうわっつらで、
見ただけで 行っただけで内容も話せないで
偉くなっちゃってる滑稽なかたもありますが、
それでも足を運ぶのは文化なんでしょうね。

大人になっての京都奈良はまた感慨が違いますね。
修学旅行は序章だったのかもしれません。
ラク揚げ、、やりました( *´艸`)

  • 2017-04-01 00:14
  • hippopon
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[C20570] こんばんわ。

2012年、八戸・櫛引神社へ赤糸威鎧・菊一文字を見に行ってきました。 そのとき、金箔が化学変化で一部剥げておりました。 実は昭和15年盗難事件に遇ってました。
 顛末記は http://yuusuke320.blog115.fc2.com/blog-date-201205.html

そして、金地螺鈿毛抜形太刀の模造品を現代工芸で再現イミテーションを文化庁が造りました。

などなど、展示会に行くとつい語られない周辺情報を探しまわるクセがあるオイラでした。

お邪魔しました。

[C20573] 遊助さん

ありがとうございます。
感動!!!

菊一文字はもう一度 南部一宮、櫛引神社でみたいとおもってって。
好きなのです。
白糸威と一緒に並べてみたい、、。

  • 2017-04-01 02:34
  • hippopon
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