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悟りを食う 仙厓義梵

悟りを食う 仙厓義梵




            一円相画賛(これ食うて茶のめ)   一円相画賛(これ食うて茶のめ) 仙厓義梵 出光美術館所蔵

仙厓和尚の禅画です。

これは結構曲解されて、色々なことをさも本当そうに言われてます。
その逸話の一つ。
持ち主につながってることだけが栄誉で、なんの知性のない茶の湯の社中では
「「お茶をさっさとたてて、さっさとかえれ!」という意味よ。」などといい、どすどすと喚き散らしながら茶道具を運んでくる。
あらくてとても飲めない濃茶が得意として出てくる、玉が口の中に飛び込んでくる あさましい茶だ。
「つば、飛んだんですけど、、」と言ってやりたかった。
品性も知性もない。
ただ、知り合いでもないのに、つながってる、幾段も先~~で。
それだけが誇示できることで、点前も、心映えもお茶のおいしさもない。

美術品を集める前に人を育てないと、茶道具が可哀想すぎる。
美術品の持ち主に近いなら、十分に勉強し、その意味を学んで話せばいいものを。
また、その方との遠さを励みにしっかりとくらせばいいのに。
自分に力がないから、誰それと知り合いということだけが自慢になる。あなたは誰??といいたいけど、、。

乞食が、殿様に遠くから声を掛けたら、その声はおよんでもないのに、、
見た、、が、会ったになり、お目にかかったこともないのに、知り合いのように話し、、ついには教えてやった、、になる。
昔なら、びゅんとお侍が飛んできて、手打ちになる。
いまは、どんどんすごいでしょう!!と大嘘が伝播される。

そういう風潮が助長されて、陛下に直接、「口をきく、」「声をかけて、、」などというふとどきものや、手紙事件まで出る。 
それが県会議員や、国会議員で、選んだ人のセンスを疑いたくなる。
直訴は、死を覚悟するものだ、悪くすれば張り付け獄門。しかもそれにも作法があった。
物事は、ふつうは、根回しして話し合ってゆくのが社会で、
手続きも、順番も無視して、その組織の順列も崩す暴挙には死があった。
順番を守れないようなものに政事は普通に考えても無理だ。
殿上人は五位以上の人および六位の蔵人。中学で習ったはすだ。 それにも作法がある。
それでも意味を分かりたくない、社会の仕組みを理解したくない、いい年したものが平等だとか言い出す。
ぶしつけなものは、そんなこと知らないもん、とか言い出す。知らなくて人を殺めたって、それもたいていは死刑である。
知らなかったで、盗みをしたって、それは窃盗。

社会にはルールがあるし、いいわよいいわよで、のさばってる人は、基本的に自分は特別、目立ちたいがあって、逃れられると思う。
遵法意識が足りないから積もり積もって、大きな禍になる。
群がらないで、そっと抜けるのが一番。

平等に生まれて、死に物狂いの努力もせず、、。努力したものとは同じはないと思う。
プロって言ったらそれでプロになるとか言ってろくでもない技量の者をけしかけて芸術全体を低めるものまである。
それはご都合主義でシンパが欲しいだけの一流でない人が師匠なのだ。

売るというと、そこらのガラクタ集めてもの知らずな人に売りつける人までが出る
そういうバザーや、そういう ガレージセールは迷惑で, 他の出展者が困る。信用がなくなるのだ。迷惑者はどこでもはびこる。
夜店の的屋さんを悪く言うけど、、彼らは、人の喜びを知ってる。何か付加をして楽しさを売ってくれる。
お祭りの安全をも見てる。
一緒にはならない。ちゃんと組織があって、時間も厳しく、、すごいなっておもう。
一人の迷惑が全体を脅かさないように、組織があり、ちゃんと動いてる。

一流とは、一流の器を作り、一流の修行をする。
夢にまで出る司法試験や、夢にまで出る音の響き、、そこまで至った人は一様に夢中の時を過ごしてそういった話がある。
あるが言わない。なぜなら、そんなことは基礎中の基礎だから。
彼らはある一流の線を保てたら、次の挑戦,、師匠をも凌駕することを考えて、歩きだす。
超一流を目指す。そのときに師匠はライバルであり、乗り越えるべき壁になる。




人牛倶忘
十牛図には、8番目に円相がある。人牛倶忘です。 
  
          相国寺入鄽垂手 相国寺 十牛図 入鄽垂手

悟りに至るまでは牛に悟り喩えであります。
尋牛      悟りをあたりかまわず探す時期のこと
見跡      足跡を見出します。足跡とは経典や古人の公案などもさします。
見牛      「悟り」が少し見えかくれします。
得牛      力を尽しきって ようやく悟りの実態を得ますが、身についてません。
牧牛      悟りをわがものにする修行、牛を手なづけるようにです。
騎牛帰家   牛の背に乗り帰宅します。 悟りを得て、世間の戻るのです。
忘牛存人   牛、即ち 悟りに至る修行を忘れます。されど、、悟りが己の中に在る事を知るのです。
そして、円相です。
人牛倶忘-  修行いたことなども、すべて忘れて、無に帰します。
        悟った者も特別な存在ではなくて、天地自然の中にある
ことをおぼえます。

その悟り、そのもの、天地自然の理を、、飲み込んでお茶をのむ。
すると、、
そうすると、、何が見えるか、、
返本還源。    最初の最初の普段の生活普段の自然が、よみがえり美しく見えます。視点が変わったのですね。
入鄽垂手     そして、修行者は 童子からほてい和尚の姿になって町へ、人を導きます。

悟りが開かれたものは、導くのです。
惜しまずに導く。あらたな童子は乗り越えられそうにない修行をまた始めるのです。

尽きせぬ学びや修行の最後は布袋様でしたね。穏やかなよき師であること。
それが禅の修行を描いた 十牛図です。
どこで、はしょおっても、なまけても至れませんし、。見えません。
悟りを飲み込む、、てらいもなく、書かれた文字に 仙厓義梵和尚の軽妙洒脱なお人柄がしのばれますね。
彼は日本最古の禅寺である博多聖福寺の住職でした。臨済宗古月派。江戸時代の方です。
すべてを飲み込む、、なかなか 至れません。

仙厓コレクションは出光美術館にあります。ユーモアのなかに理りを解く。
この絵を愛したのは、出光佐三氏。その死に昭和天皇が歌を贈られました。
逸品の 禅画、、魂の修行の流れ、いかがでしたか??
3夜連続になりました。

若い物づくり、修行者、そして、これから未踏の頂に挑戦するそういう方々に、たまには禅のお話もいかがか?
日本人の挑戦の在り方ですね。

修行の果てに見えるものは金銭でも名誉でもない。穏やかに弟子を導く姿。一代限りは小僧っ子。
続いて行く技能に、辛抱強く、また才能を見出して伝える、惜しみなく、、それが一流ということです。
哲学、宗教、学問も芸術も、政治や経済の分野も、技能者たちも、、。
花の命は短い、、一生にできることは限られてる、一刻を無駄にできない、。

24日 9.2km  夜ウォーキング 6.7km  用事2.5km
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コメント

[C15817]

生き様に今一度思いを馳せる機会を与えて頂き深謝。
  • 2016-08-25 08:11
  • 植本多寿美
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[C15818]

利休が友人宅に訪れた時に塩のかかっているスイカを出されて、怒って帰ったそうな。

先の事は分からない。もしかしたら、これが、最後になるかも。だから、最善のもてなしをする。これが、一期一会らしいのですが、あたしは、なんて、利休はネガティブ思考なんだ!

言ってる事は分かるよ。帰り道に、事故に会うかもしれないし、あたしは、こいつとは、これで最後かもって思えない。

「じゃ、また、明日ね。」

あたしは、これが、言える方がいい。だからって、友人を粗末にしていいって訳じゃないけど。失敗から、モノを学ぶ機会もあるからね。

今度は、甘いスイカ、用意しとくから。この方が、笑顔で分かれられる。

でも、いつまでも続くと思っているあたり、考えが甘いんですよね。時間を無駄にしないのも、一流なんですよね。ちょっと考えさせられる記事ですね。



  • 2016-08-25 12:51
  • 朋子
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[C15820] 朋子さん✨

コメントありがとうございます。
この逸話は、お砂糖。
スイカにお砂糖なの。

招かれて、西瓜に砂糖がかけられてでてきた。
利休は砂糖のない所のみを食べて帰り、
「かの人は人を饗応する心がわかっていない。
西瓜に砂糖をかけて出したが、
西瓜には西瓜の味があるのだ。茶人にふさわしくないふるまいだ」などと伝わってますね。

砂糖は当時は貴重なものでした。高価でもある。
おもてなし側の気持ちを考えたら、すべて食べて深く頭を下げるのが、一期一会ですね。
私はそう思うけど。

どこまで本当の話か?
もし、利休が、このような、もてなし側の心を無碍な気持ちにするような人であったら、
秀吉はそのたびに嫌な気持ちだったかもしれませんね。
相手より自分のほうが勝ってる、、、そこまでは現実。
包み込めるか?
無残な気持ちにするか?
状況によってでもあって。
かまぼこの話もそうですが、、点数稼ぎのためにおかしなことをする人も一人や二人ではなかったのでしょう。

不自然さ、、ごまかしぐせなど、見抜けることはあるでしょ。
いくら私は博愛主義ですと言っても、
身内の老後の看取りがあまりにもいたらないとか、、
相手を悪く言っても、この人ならさもありなんとか、、。
はたから拝見してても気味が悪い落差がある。
博愛主義でないことはあきらかで、
点数稼ぎや自分が目立ちたい、人からちやほやされたいだけのだめな存在が浮き彫りになる。

他方、どこへ行ってきたよ、、なんておっしゃっても、
それは看取りのバランスで、自分を解放させてまた立ち向かえる日々だったりして。
厳しい現実を、へこたれず、騒がずもくもく。すごく強い、。強いということは暖かいし行動が伴うものだと、感じいる、
けっこう、これににてて、
高邁な思想なんかではなくて、ただいい思いしたい、ほめられたいだけの人は昔も今もあったのでしょう。
率直に、弟子であれば、砂糖では素材をころしてしまうといえるのでしょう。
むしろなぜ?そのようなことをしたのか?そのほうが興味がありますね。
彼が芸術家であるのか?
思想家であるのか?
偏屈な秀吉の使用人であるのか?
その他、、
考えると面白い逸話です。

現代ではこうして、砂糖が塩に伝聞されてる。
真実はなにか?まさに歴史問答です。

私、スイカには塩が好きよ!
挙句に、フランス料理のデセールに使いたい、
生のままでなくて加工して。
明日は金糸瓜の話なのww

今こうしていてもまた次の瞬間があるとは限らないはかない人間のさが。
十分に納得できるように生き抜かねば、、。
他人の目でない、自分の納得。



  • 2016-08-25 13:59
  • hippopon
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[C15821]

>美術品を集める前に人を育てないと、茶道具が可哀想すぎる。
>美術品の持ち主に近いなら、十分に勉強し、その意味を学んで話せばいいものを。

これって結局、教養のない人間は美術品の持ち主に
ふさわしくないということですよね。
突然金が入り成金にでもなると、いままで興味もなかった
美術品に目を向け、富の象徴として所蔵したりしますけど、
教養のない人が持っても宝の持ち腐れなだけ。
あとは、本当にその美術品が好きかどうか。
とくに好きでもなく、富の象徴としか考えていなければ、
美術品も浮かばれないですよね。

[C15822] yujiさん

可哀想な茶器は、ひっからびて、洗ってももらえず
手入れもなく、曇った博物館のガラスの中に
おさまってたりします。
ある美術館の貴公子は、使ってあげないと可哀想だとおっしゃったそうです。
井戸茶碗の品格高いものをお持ちで、
ご自分でお使いになるのかもしれませんね。
三井家の先代に 御所丸でお茶をいただいた方は,
大変に感動なさってました。

茶碗の歴史は、信長の茶の湯御政道、茶道具がりによらなくても、権力者に宝は集まるのです・
同じようにあらゆる美術品が明治期、戦後はいいように海外がかすめ取ってゆきましたね。

また権力者の庇護がないと散逸してしまう。
佐竹家のお宝、36歌仙も、、そういった悲劇。そのあと、、
保管が悪かったものはシミだらけ。
普通なら手袋で学芸員や、茶道具屋がするところです。

無知蒙昧な人がお金にあかせて集めても扱いがわるいと
その数十年後にちゃんと証がみれます。
シミだらけのものがあります。
100年後には雑な女中の指紋がべたべた見れる装置ができたりするやもしれませんね。

教養は後からお金で買うことはできませんね。
品格は子供の時からの誠実な育ちが培いますものね。
幸運な茶道具は、譲られた経緯にドラマがあって、
いい輿入れができたものが残ってるようです。
失われた多くのものをおもうと、、哀れですが。
物は壊れる。失われる。
だから、そこを貫くようなものを生み出してゆくのが芸術家だましいですけど、、
パッションがない名前ばかりの茶碗の羅列に嫌気がさしてるのも現実です。


  • 2016-08-25 15:49
  • hippopon
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[C15823] 植本多寿美さん

誤字直しです。すいません

四国に、いい家大工君が誕生しそうで、手を痛めながら
お父様の背中を必死に追いかけてる。
また、このところ、顔つきが違ってきた若い料理人がいる。

すごいのは彼らを受け止めてる親方たちで、
ちゃんと、仕事見て、育ててるの。
修行には師匠は大切で 人柄が暖かく、仕事は厳しい。
書いておきたかったのです。
人類は突然に進化するのでなく、受け継ぐ心が発展をもたらした。
その受け継ぎのお話です。
いつでも真っ向勝負が通じはしない、邪気がある衆生も多いい。
泥沼から抜け出て花がハスが大きな花を見せるように
みな頑張ることは、平等。
どれだけ頑張ったか?が満足になる。
短い生涯、墓に苔むしたら、どのような人だったかも忘れられるような存在。
果たして、何を残すか??
2016-08-25 13:24
  • 2016-08-25 16:43
  • hippopon
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[C15824]

hippopon さん

こんばんは
何事にも造詣が深い、感心します。
〇を描くって難しいですね。
よく歩かれましたね、健康だこと。
  • 2016-08-25 18:19
  • しろ
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[C15825] こんにちは(^-^)

道具は解る人が持たないと生きませんね。

お金があるからただただ持ってて自慢する人・・・
いるなぁ( ̄▽ ̄)心当たりも・・・

見てて道具が不憫に思えるほど下衆っぽい人でした。
たぶん、道具の方からその人のもとを去っていく気が・・・

身の丈、器に見合った道具を持つ事にします。
まぁ、美術品とかは持たないけど~(;^ω^)へへへ


※本日は9,700歩で6.1km!
もうちょっとで10,000歩だったのに~~

[C15826]

お金と名誉と見栄ばかりの師と呼ばれる人が、
たくさんいます。
生徒のために惜しみなく教えてくれる師は、
今まで2人しかいません。
  • 2016-08-25 21:30
  • ジュリアルーシュ
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[C15827] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

[C15828]

こんばんは。
〇(輪)和みます。
どうも尖った人が多くて(^▽^;)

[C15829] しろさん

長いもの、、おいしそう、、
今週はリックが2000円ぐらいしかできてないし、痩せてないし、、
ご褒美は先~~

雑学、、雑学、なのですよ。
でも、、
これから、師匠として大成するだろう人へ、、
またその弟子育てへ、、書きたかったの
私からの、つたない檄として。
3日も書いちゃった。

しろさんの荒神様にいいお弟子さんが表れますように
写真だけでも祈ります!
かわいい顔立ちの大蛇くんですね。
私には竜に見えるけど。
  • 2016-08-25 22:26
  • hippopon
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[C15830] coconut punchさん

今戻った、、まだ歩けるし、すこしはしれるけど、、
暑くて、戻ってきました。
7キロぐらい、これから距離出します.もうびちょんびちょん。
距離伸びない、、根性ない、、ふぅ~~~ぅ~~ぃ~~。
身の丈でいいんだと思うの。
大騒ぎしてさ、、ばかばかしい。
真髄がわからんでどうするとおもうわ、。
いつか身の丈で、私の大事な人たちも交えてお茶をしよう!
我ら、遅いスタートだけど、、健康で長生きして、、
努力して少しだけ豊かで、、先が長いほうが楽しみ。
農地も人も、心も耕して花をつけみになろう、、
いい夢を!!そしてまたあした、、がんばろ、、
  • 2016-08-25 22:34
  • hippopon
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[C15831] ジュリアルーシュさん

貴重なお二人の先生ですね。
誠に師匠と呼ぶにふさわしい。
たいしたことでないのに大仰なのは、その人が馬鹿だから。
能力がないから、うそを教える。
心映えがないからごまかす。
下品な人ほどえばって滑稽です。
大勢に恨まれて、いい人生のはずがありません。
惜しみなく教えても、ちゃんとした師匠は尽きることのない
知性があります。
ジュリアリューシュさんも、作家と先生と両方末には、、✨
  • 2016-08-25 22:38
  • hippopon
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[C15832] 15827ざん

「省みて恥じることない足跡を残したいものですね(^_^)」
まさにね。

そこにいる人全部がお菓子に汚いもの混ぜたのを知ってるのに平然とやる大馬鹿娘もいます。
野放しにしてる組織はそのうち糾弾されるでしょう。
下品な人たちです。
みんなが犯罪だってしってるのにね。
いまに、ひどいめにあいますよ~~きっと。
世の中はそういうものです。

朱に交われば赤くなる。嫌です。


  • 2016-08-25 22:48
  • hippopon
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[C15833] ひろりんさん

ひろりん、、
大丈夫??
心配で、、心配で、、。わたし怖いことあったのよ。
スイッチがおおぶれするでしょ。
そうね、、
〇(輪)和みになってほしいですね。
  • 2016-08-25 22:54
  • hippopon
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目指すは 居候の大先輩、山科言継卿。

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